ブッカー・T・ジョーンズ ハモンドオルガンとの出会い
Booker T & the MG's といえばソウルミュージックファンに知らない人はいないであろう、有名なバンドです。
70年代のスタックス・レーベルでオーティス・レディングやサム&デイブのバックバンドとして大活躍し、彼ら自身も同レーベルからヒットシングルを連発しました。Green Onionsは彼らの代表曲です。
バンドのオルガニストBooker Tは今年4月にソロアルバムをリリースし、それに合わせていろいろなメディアで彼のインタビューや新譜にまつわる記事が掲載されました。
その中から、英Guardian紙に掲載された、Booker Tバイオグラフィーといえる記事を紹介します。
本人のインタビューを中心に構成された記事ですが、幼い頃、はじめてハモンドオルガンと出会った時の話しがあり、これがとても心温まるエピソードです。Booker T & the MG'sとしての活動以降のことは日本でも広く紹介され、知られていると思うので、今回はこの冒頭部分のBooker T少年とオルガンとの出会いについての部分をお届けします。


「ハモンドは不思議で、得体の知れないものだった」



ブッカー・T・ジョーンズがはじめてハモンドB3オルガンを目にしたとき、それはダイニングルームに並ぶ3つの木製家具のひとつだった。テネシー州メンフィスでピアノ教師の家にいた時のことだ。自宅から1分もかからないその家の玄関先にあるポーチで、彼はエルマーサ・コール女史によるピアノのレッスンを待っていたが、ちらりと見えたその楽器に一瞬にして魅了されたのだ。それが何であるかは知らなかったのだが。

「玄関を開けて中に入ると、たくさんの人が座ってレッスンを待っていたんだ。ピアノのレッスンへは、左のリビングルームに行く。そして右にはダイニングルーム。そこにハモンド・オルガンがあったんだよ。なんだか不思議な得体の知れないものだったね」。その物体が何であるかを知ったとき、また同時にそれが自分には手の届かないものだということも彼には理解できた。「オルガンのレッスンにはピアノレッスンの3倍か4倍はしたね。ミセス・コールはそれを楽器の支払いに充てていたからなんだ。しかし私もお金を貯めて、やっとレッスンをうけることが出来るようになったんだよ」。

こうしてその楽器との運命的な出会いをへて、17歳を迎える頃には完璧な腕前を身につけていた彼は、3人のやや年上の同郷ミュージシャンたちと共に、12小節のシンプルなブルーズ・スタイルのインスト曲をレコーディングする。グリーン・オニオンという名で知られるこの曲は、ポピュラー・ミュージックの世界における礎石のひとつとされてきた。ブッカー・T&ザ・MG’ズと名付けられた彼のバンドは、60年代ソウル・ミュージックにおける最重要リズム・セクションのひとつとして、瞬く間に世間に認知されることになる。当時の若い世代のミュージシャン達は彼らの仕事に憧れ、だれもが非常に大きな影響を受けた。

64歳を迎えた現在の彼は、穏やかにしゃべり、非常に思慮深い男である。オーティス・レディング、ビル・ウィザーズ、ウィリー・ネルソン、ボブ・ディラン、ボズ・スキャッグス、ニール・ヤング、その他大勢のミュージシャンたちと共演してきた彼は、その音楽キャリアの中で最初の教師を務めた人物について、懐かしそうに語ってくれた。「ミセス・コールは非常に昔気質の女性で、昔ながらのピアノ教師だったんだ。常に適切なアドバイスを持っていて、こちらから質問する必要がないっていうね。私が演奏している時も指をのぞき込んだりしないで、ただ座っているだけで、全てを理解することが出来たんだ。そして指揮棒を使って間違った指使いを正してくれる。しかるべきタイミングでしかるべき鍵盤へとね。そうやって学んだんだ。彼女の教えを受けられたことは非常に幸運なことだったよ。彼女の教えが教本に則ったやり方かどうかは分からない。しかし、彼女はどうすればこの楽器がほかの鍵盤楽器には出せないような音が出せるか、実演して私に教えてくれたんだよ」。




今年リリースされた彼のアルバムにはニール・ヤングも参加していたり、とにかくロックギターが轟々と鳴り響く、ちょっと意外な作品でした。しかしBooker T自身のプレイは変わることなく、素晴らしいグルーヴを持っており、彼のファンキーなオルガンの上に極めて白人的なノリを持ったロックギターが鳴り響くという、一聴した感じでは少しとらえどころのないアルバムです。全体的に楽曲のクオリティがあまり高くないところが少し残念ですが、老いてなお衰えない創作意欲と新しいものに取り組む姿勢は素晴らしいと思います。
歴史的名盤にはなることはないと思いますが、聴いて損はないと思いますよ。

ポテト・ホール
ボブ・ディラン新作インタビュー Part5
ビル・フラナガンによるディランインタビュー(というよりも対談)の抜粋連載を掲載してきましたが、今回はその最終回です。ヒトラーについて、大衆をコントロールするパワーとそのトリック、そしてその結果起こることについて。ディランらしい語り口です。



・ヒトラーが台頭していた時代、思春期にいた当時のあなたが彼にどんなイメージを抱いていたか覚えていますか?

D : いや、私は思春期ではなかったよ。そのころはまだ小さな子供だったからね。彼が死んだのは私が4歳か5歳の頃だよ。当時の物事に対してはもちろん全然理解していなかったね。

・当時の物事というのはどういったことですか?

D : 画家志望の落第生だった人間が、いかにして大衆をコントロールできるような狂人になれるのかということだね。ある種のトリックだよ。というのは、常にとてつもないパワーに駆り立てられていたはずだからね。

・まあ、当時のワイマール共和国の社会と経済は現在のものとはだいぶ違いましたからね。

D : そうだね。時を経ていろいろなことが明らかになって来ているけど、誰かしらが国を引っ張っていく必要があったことは確かなんだ。にもかかわらず、私は途方に暮れずにはいられない。なぜそれが彼であったのか。彼が混血の人間であることは誰にでも分かったはずだ。アーリア人の特色は全く見当たらない。彼の民族的ルーツを想像するのは難しかったはずだよ。茶色い髪、茶色い瞳、青白い顔色、どの人種の平均とも合致しない身長、独特の口ヒゲ、レインコート、乗馬用のムチ。ありとあらゆることがらだね。彼は知っていたんだよ、大衆はそんなことに気づきやしないってね。自分を崇拝するおびただしい数の人々の顔を見る時、彼が愛を感じていることが見て取れるんだ。それは恐ろしく、そして哀しい光景だよ。彼の言葉は松明のように人々の行く先を示した。 大衆は彼の向かう先に喜んでついていったし、骨の髄まで忠誠を誓っていた。そして起こったことはもちろん、彼らの亡骸で墓場をいっぱいにしたことだ。

・レニー・リーフェンシュタールによる記録映画「意思の勝利」ではヒトラーが大衆に向かって何を語りかけていたのかが良く分かりますね。

D : ああ、いま見るとハッキリよく分かるね。




ということでした。ヒトラーの特徴を語る時はまるでラップのように韻を踏んでいるんですが、さすがに訳文でそれを表現するには私は役不足です。よかったら原文を参照してみて下さいね。この長いインタビュー記事を読んでよく分かったことは、ディランの曲の歌詞っていうのは、本当に普段ディランがしゃべっているそのままのリズムであり、表現なんだなということです。そういう意味でも、あまり英語がわからない方でも是非いちど原文に目を通してもらいたいなと思います。雰囲気を味わうだけでも充分楽しめますから。全文をPDFファイルでダウンロードできるので、プリントアウトして楽しむこともできます。

文中に出てくるレニー・リーフェンシュタールの記録映画「意思の勝利」は、ちょうど現在東京で公開されているので、タイミングが合えば、見に行こうと思っています。


ということで、私なりに面白いと思ったところをインタビュー記事から抜粋して訳してみましたが、いかがだったでしょうか。多分ここで紹介した部分と、音楽雑誌やディランファンの方のサイトなどで紹介されたニューアルバムの収録曲に関する部分を合わせれば、この記事のほぼ全ての訳が読めると思います。雑誌等はあまりチェックできていないのでちょっと分からないのですが、今年4月以降の音楽雑誌を調べていただければいろいろと載っていると思います。


次は何を訳そうかな。。ちょっとまだ決めてませんが、面白いものを見つけてまたご紹介できればと思っています。次回更新をお楽しみに。
ボブ・ディラン新作インタビュー Part4
ビル・フラナガンによるディランインタビュー、第4回目です。だいぶ佳境に入ってきましたが、今回のディランはかなり悪ノリしてます。なにしろ話題がストーンズですからね、からかい放題です。まあ最後はしっかりとちゃんとした評価をしますが。
今回は補足するようなことはほとんどないと思います。さらっと読んじゃいましょう。


・政治の話に戻りましょう。ジェシー・ヴェンチュラのミネソタ州知事としての仕事はどう考えてますか?

D : 彼は評価すべき仕事をいくつかしたし、あるいはしようとした。会ったことはないんだ。彼について知ってることといえば、ローリング・ストーンズのファンだっていうことくらいだよ。

・あなたの古くからの友人ですね。

D : いつだったか、キースからそういう風に聞いたことがあるよ。それ以上は知らない。

・ストーンズについてはどう思っているんですか?

D : あいつらをどう思うかだって?なんかもう終わってる人たちって感じじゃない?

・彼らは昨年とても大規模なツアーをやりましたよ。あなたはそれを「終わってる」と?

D : ああ、スティール・ホイールズ・ツアーのことだね?いや、別に彼らの活動が精力的じゃないとは言ってないよ。でもやっぱりあのバンドにはビル・ワイマンが必要だね。ビルのいないストーンズはファンクバンドだよ。もしビルが戻ってくれば、彼らはまた本物のローリング・ストーンズになれるんじゃないかな?

・ボブ、あなたの頭の中は80年代で止まってますよ。

D : わかってる。なんとかそれを打ち破ろうとはしてるんだけどね。

・実際のところ、本当にストーンズが終わっていると考えてるんですか?

D : いや、そんなわけはないよ。彼らのゴールはまだ遥か先だ。ザ・ローリング・ストーンズはまごうかたなき世界最高のロックンロール・バンドであり、いつの時代でもそうだった。そして最後のそれでもある。彼らのあとからやって来た、ありとあらゆる音楽ーメタル、ラップ、パンク、ニューウェイヴ、ポップロック・・・きみたちがそう呼んでいるもの。そのどれからもストーンズの影響を感じられるよ。彼らこそが始まりであり、そして終わりなんだ。そして彼らよりうまくやれる人間はどこにも存在しないよ。




いやいや、好き勝手なこと言ってますが。。

ひとつだけ補足が必要なことがありますね。
ジェシー・ヴェンチュラはプロレスラー→テレビタレント→政治家、というキャリアの持ち主で、政治家としてはミネソタ州の知事を務めました。俳優として映画「プレデター」にも出演しています。ということは、あの映画はふたりの州知事を輩出しているんですね。子供の頃にテレビで見たプレデターは「エイリアン」なんかよりはるかに恐ろしかったです。

「ビルワイマンのいないストーンズはファンクバンド」というのは冗談でけなしているんでしょうが(ロックバンドじゃないという意味で)それはそれでかっこいいんじゃないかという気もしてしまいますね。ファンクバンドとしてのストーンズ。というか、それ以前に今となってはサポートメンバーなしではまともな演奏が出来ないような状態なので、いまさらバンドとしてどうとか、ベーシストが誰ということでもないような気がします。念のため言っておきますが、私は熱心なストーンズファンですからね。しかし最近のミックジャガーとかもうほんとにギャグ以外の何者にも見えないですね。。なんなんでしょう、あのシェイプアップ爺さんは(笑)。



はい、そういうわけでこのディランインタビュー連載もいよいよ次回が最後です。
最後はけっこう、というか、かなりまじめですよ。ヒトラーについてディランが韻を踏みながらライムします。おもしろいです。おたのしみにー。
ボブ・ディラン新作インタビュー Part3
ビル・フラナガンによるディランインタビュー、第3回目です。
前回、話が政治に触れたあたりで終わりましたが、今回はいよいよオバマの話に入っていきます。ディランはオバマをどう思っているのか。そこから話ははずみ、ディランお得意のジャンル、南北戦争にディープに切り込んでいきます。この辺の話は南北戦争やアメリカの歴史にある程度通じていないと理解が難しいかもしれません。私もその都度いろいろ調べたりして読解に苦労しました。しかし南北戦争はディランの創作における重要なルーツのひとつなので、こういうことをしっかり学んでいくことは、彼の音楽を理解していく上で非常に大事なんだということを実感しました。本文のあとに少し補足をしますが、簡潔にまとめて説明できることではないので、興味のある方はwikipediaなんかで少し突っ込んで調べることをオススメします。情報の信憑性に関しては私も保証は出来ないのですが。。
まあ、なにはともあれ、さっそく読んでいきましょう。



・バラク・オバマにはずいぶん早くから好意を持ってたようですが、なぜでしょうか?

D : 彼が書いた本を読んだんだ。それで興味を持ったんだよ。

・「合衆国再生」ですか?

D : いや、「マイ・ドリーム」というタイトルだったよ。

・彼のどんなところに心を引かれたのでしょう?

D : うーん、たくさんあるよ。おもしろいバックグラウンドを持った人物だね。まるで物語の登場人物みたいだけど、実在の人物だ。まず興味深いことは、彼の母親がカンザス州の人なんだ。彼女自身はカンザスに住んだことがないんだけど、家系はそこに深いルーツを持っている。あのブラディ・カンザス事件のカンザスだよ。反乱者ジョン・ブラウン、ジェシー・ジェイムズにクワントリル。ブッシュワッカーなどのゲリラ、そしてオズの魔法使い。おそらくバラクにはどこかでジェファーソン・デイヴィスの血が入っているんじゃないかな。それから彼の父親だね。アフリカ人のインテリで、バントゥ、マサイ族のグリオ的地位の生まれだ。牛追いでライオンを殺す男。こんな境遇の違う2人が巡り会って恋に落ちるなんて、実に不思議なことだよ。そういうことを知り、そして彼自身の物語に入っていく。欠点のない完璧な叙事詩と言えるね。

・それはどういった意味で?

D : まず最初に、バラクはハワイで生まれた。私たちはたいがいハワイってところは楽園だと思っている。そうすると彼は楽園で生まれた、という風に言うこともできるわけだね。

・そして彼は楽園を追放された・・・

D : というわけでもないよ。彼の母親はロロという別の男と結婚し、子供を連れてインドネシアに移り住んだ。バラクはムスリムとカソリック、両方の学校に通ったんだ。母親は彼を朝の4時に起こして、学校に行く前の3時間、リーディングの勉強をさせた。彼女自身もそれから仕事に出かけた。どういうタイプの女性だったか実に良く分かるエピソードだ。これが物語のほんの触りの部分なんだよ。

・それ以外で彼について興味があるところは?

D : おもに人を魅了するやり方だね。彼の文章のスタイルは心の深いところにまで届いてくる。人に何かを感じさせながらも同時に考え込ませるような文章を書くのはとてもむずかしいことなんだ。彼はとんでもなく奇妙な話をしてるよ。あるどこかの博物館で、多くの人たちと共にガラスケースの中のミイラ化した頭部を見ながら、彼はこんな疑問を持つ。これが自分たちの祖先だと理解している人はいるのだろうかと。

・では、その本のどういったところがあなたに彼の政治家としての資質を感じさせたのでしょうか?

D : それはなんとも言えないな。彼は自分にできうる限り最高の仕事をするだろう。でもほとんどの大統領たちは最高の志を持ってオフィスに入り、そして打ちのめされたもののようにそこから出て行くんだ。ジョンソンなんかがいい例だね。ニクソンとクリントンもある意味そうだ。それからトルーマンや過去の全ての人物。つまり、彼らはまるで、あまりにも太陽の近くまで飛んでいってしまったせいで燃え尽きてしまったようなものなんだよ。

・ほかの大統領の自伝は読んだことがありますか?

D : グラントのは読んだよ。

・彼はどんなタイプでした?オバマとの共通点はありましたか?

D : 今とはずいぶん時代が違うからね。それに彼が自伝を書いたのは大統領をやめてからだ。

・彼のどんなところに興味を惹かれたんでしょう?

D : 偉大な作家達みたいではないところかな。冷徹で分析的だが、ユーモアのセンスがある。軍事戦略家として名をあげたグラントは、もともと非常によく働く男だった。馬車馬よりもよく働いたんだ。たくさんの馬を使って畑を耕し、非常に多くの収穫を得た。トウモロコシとジャガイモを山ほど作ったんだよ。11歳の頃から木こりをやり、荷車で運んだ。そして彼は自分が指揮したあらゆる戦いをとても明晰に記憶していたんだ。

・彼が指揮した戦いで特に注意を惹かれたものはありますか?

D : いろいろあるけれど、シャイロの戦いが一番印象深いね。あやうく負けそうになったんだけど、勝つためにはどんな犠牲も厭わない覚悟でありとあらゆる戦略を使ったんだ。ときには退却する振りをしたりね。そのことは彼の自伝で読むことができるよ。

・南北戦争のことを考えるとき、絶対に忘れてはいけない重要な戦いがありますね。北部で行われたゲティスバーグでの戦いです。

D : うん、あれこそがこの国の南部を独特の地域にした理由なんじゃないかな?

・何かに取り憑かれていたとしか思えないんですが、そういった状態はどのようにして訪れたのでしょう?

D : それがまさに南部の風土なんだよ。さまよえる幽霊達と病んだ精神に満たされているんだ。彼らはみんな泣き叫び、絶望している。天国と地獄の中間にいて、まるで運命の罠にはめられてしまったようになってしまったんだ。眠ることもできない。そして生きることも死ぬこともできないんだ。最高の状態からいきなり突き落とされ、何かを伝えなきゃと誰かを探し求める。あらゆる場所でそういうことが起こった。町中の至る所が戦場だ。民家の裏庭でさえもね。

・あなたもそれを感じたことがあるんですか?

D : ああそうさ。驚くべきことなんだ。私がエルヴィスの故郷、テュペロにいたときのことだよ。そこで私は彼がかつて子供の頃に感じていたものと同じものを感じようと意識していたんだ。

・エルヴィスがかつて聴いていた音楽を感じることができたんですか?

D : いや、私が感じたのはそういうものではないんだ。私が感じたのは、血みどろの戦いをした幽霊だよ。シャーマンが戦って追い出したネイサン・フォレストなんだ。あの町にはある種の不気味さみたいなものがあったよ。いつまでも心から消えていかない物悲しさだった。エルヴィスも間違いなくそれを感じていたんだ。

・あなたは霊感の強い人なんですか?

D : 間違いないね。




そうか、ディランて霊感強い人だったんですね。そういう人は日本に来てテレビ番組を持つといいと思いますよ。なかなか儲かるんじゃないでしょうか、あれは。
くだらない話しはその辺にして、補足に入りましょう。私のような一般的な日本人には、聞いたことのない人名や地名がたくさん出てきましたね。ひとつひとつの事柄に細かい解説をつけていくと、とんでもない量になってしまいそうです。なので詳細についてはリンク先をご覧ください。


ブラディ・カンザス事件(危機)はブリーディング・カンザスともよばれ、南北戦争の発端のひとつと言われています。ジョン・ブラウンは過激派の奴隷制度廃止運動家。ブリーディング・カンザスに参加して有名になりました。彼のwikiページでこの事件への記述も読めます。英語で詳細を読みたい方はこちら
ジェシー・ジェイムズは最近映画になってブラピが役を演じたのでご覧になった方もいるでしょうか。
クワントリル、ブッシュワッカーは南北戦争時のゲリラ兵士たちですね。ここにちょっと記述がありました。
ジェファーソン・デイヴィスはアメリカ連合国(南軍)の大統領。

オバマの父。実際はケニアのルオ族出身で、マサイ族でもなければバントゥ語系の民族でもありません。グリオについては以前このブログで書きましたが、そういう家系だったわけでもないです。ムスリムでありながら、留学生としてアメリカに来る前から無神論者だったようで、ずいぶん現実的な人物ではないでしょうか。高名なエコノミストだったので、牛追いもライオン殺しもしていません。この辺はディランが想像力をふくらませているんでしょうか。。

グラント将軍(のちに大統領)。南北戦争の有名な将軍ですね。彼の自伝を読んだというのは、やっぱり大統領のそれとしてではなく、南北戦争の資料のひとつとしてでしょうか。南北戦争ヲタのディラン、抜かりないです。
シャイロの戦いに関してはリンク先のwikiを参照して下さい。

ゲティスバーグの戦い。南北戦争の事実上の決戦といわれている戦いであり、世界的な戦史の中でも非常に重要な戦いとされています。大掛かりな戦いなのでwikiの説明を読むだけでもひと苦労ですが、物足りない方は英語版のwikiへ。逆にもっと簡単な説明を読みたい方はこちらのページが読みやすいと思います。
こういう大規模な戦いへの動機として、南部の気質、あるいは霊的なものを挙げているのはディランらしい想像力のなせるワザですね。

ネイサン・フォレスト。南北戦争時の南軍の中将で、KKKの創設者です。入隊前は奴隷商人でした。



ずいぶん簡潔に書きましたが、これだけ書くのもなかなか時間がかかりました。。今回のパートはこのインタビュー記事の中でも一番難しいパートで、固有名詞とふたりの使う言葉のややこしさにかなり翻弄されました。いくら調べても考えても分からないところがあって、チカラワザで訳した部分が2、3ヶ所ありますがどうなんでしょうか。



ということで、次回は「政治の話:番外編」にふれたあと、ローリングストーンズについてのすっとぼけた問答が出てきます。ストーンズネタで悪ノリするディラン、ご期待ください。今度は近いうちに更新できると思います。
ボブ・ディラン新作インタビュー Part2
ビル・フラナガンによるディランインタビュー、第2回目です。
今回は「夢」についての話です。
眠るときに見る夢、将来への希望としての夢。ディランの「夢」というものへの解釈から、話題は政治へと移っていき・・・この政治についてディランの言葉がかなり辛辣で面白いです。

文中、エヴァリー・ブラザーズの曲「All I Have to do is dream」が出てきます。これには「夢を見るだけ」という素敵な邦題がついていますが、訳の中では英語のオリジナルタイトルを直訳して書いています。文章の流れ上、必要なことだったので。ご了承ください。そのほかの補足は訳文のあとで。
それではお楽しみください!




・「I Feel A Change Comin' On」にはこんな一行があります。「夢の中で見たものが現実に影響したことなんて一度もない」あなたは本当にそんな風に考えているんですか?

D : うん、まあ。夢は私たちを袋小路へ誘い込もうとする。誰でも夢をもってるよね。私たちは眠りにつき、そして夢を見る。これらはおそらく潜在意識から来るものだと思うんだ。なにかしらの解釈が可能なんじゃないかな。夢は自分自身のことをとても良く教えてくれる。もし目が覚めても覚えていることができるならね。ときとして、曲がり角の向こうから何がやって来るか、わたしたちは知ることができる。

・夢を見ないという言葉には未来に対する希望も含まれているのですか?

D : もちろん。ようはその言葉の使い方なんじゃないかな。未来への希望だって?私は常に恐れを抱きながら未来のことを考えてきたよ。希望と恐れは漫才コンビのようにふたつでひとつだ。まあ、でも君が云わんとしていることは分かってるよ。たとえばエヴァリー・ブラザーズの曲「夢みることこそ全て(All I Have To Do Is Dream)」。もしこれが「希望こそが僕の全て」だったりしたら、意味はだいぶ違ってくるよね。力強さだって失われてしまうし。

・政治への夢はどうでしょう?

D : そうだね、政治家たちは夢を持つべきだよ。夢と志をね。・・・どうやら僕らは2種類の話題について話しているみたいだね。

・あなたの政治的スタンスはどういうものですか?

D : 政治はエンターテインメントだよ。あれはスポーツだ。それをやるのは身だしなみのいい、従順なものたち。非の打ち所なく着飾ったパーティー・アニマルたち。いくらでも取り替えのきく存在だよ。

・民主主義のプロセスを信用していないのですか?

D : そんなことはないよ。でもそれが政治といったい何の関係がある?政治は一向に問題を解決せず、かえってものごとをややこしくするばかりだ。問題の解決のためにだって使えるはずなのにね。実際の権力を握っているのは少数のグループに属しているものたちだ。おそらく名前を持たないグループにね。

・「Chicago After Dark」は新しい大統領について書かれたものでしょうか?

D : というわけでもないんだ。それよりも、かつての町の大通りやミシガン湖への郷愁みたいなものだね。かつて私たちが住んでいた世界、もう戻ることはできないけど、ときどきすごく懐かしくなるっていうね。あの頃のフィーリングを感じながら取り組んだ曲なんだよ。




はい、そういうわけでした。楽しんで頂けたでしょうか?
今回はいくつか補足するべき点がありますね。

まずいちばん気になると思うのは、「Chicago After Dark」なんて曲、今回のアルバムには入ってないし、それ以外でも聞いたことないぞ!ということですが。
この曲はどうやら今回のアルバムのためにレコーディングされたのですが、収録されなかった曲のようです。
おそらくビル・フラナガンが聴いた発売前の試聴盤には収録されていたのが、最終的にはカットされたのでしょう。どんな曲か気になりますねー。

ミシガン湖は北アメリカの五大湖のひとつであり、シカゴはこのミシガン湖の南西部に位置しています。ミシガン湖の南部は今ではずいぶん工業化されてしまったようなので、ディランはかつてののんびりした湖畔を懐かしんでいるのかもしれませんね。

というわけで、最後に「新しい大統領」という言葉が出た通り、ここから先はオバマについてのはなしになっていきます。さらに南北戦争のグラント将軍(のちに大統領)に話が及び、南北戦争話はさらにディープに・・・
そのへんは次回掲載します。
ということで、また次回をおたのしみに!